自分で死に方を選べないのなら
新幹線で見知らぬ人に切りつけられたり、地震で建物や壁の下敷きになったり。どんなにまじめに生きていても、自分の努力ではどうにもできない死がある。
そんなことが起きなくても、多くの人間は自分の死に方を選ぶことができない。場所も時間もそうだ。普通に歳を重ねたとしても、最後は老人ホームや病院で、ご飯を食べさせてもらって、
明日消えるかもわからない命なら、
きっと、私の性格では、どんなに自分の好きなように過ごしても、最期に「
中学生のとき、読書の面白さを覚えて図書館に通った。
好きなことだけして生きるのは難しいことだろうか? わがままで荒唐無稽なことだろうか。でも、毎月毎月お給料から自動的に積み立てている貯金を、本当に
先日、コミックエッセイ『大家さんと僕』で、手塚治虫文化賞短編賞を受賞した、
僕はいま40歳で、38歳のときに漫画を描き始めました。38歳
で漫画家になると言ったら、 普通は周囲が全力で止めると思うのですが、僕の場合は、「 作品にした方がいいよ」と言って下さった方がいました。 倉科遼先生は僕の漫画をとても褒めて下さって、 自分が自費出版してでも出したいと言って下さいました。 相方の入江くんもすすめてくれて、 入江くんの方は僕はあんまり覚えていないんですが、 本人がそう言うので、そうなんだと思います。 だから、新しいことに挑戦するのが苦手な僕ですが、
描き始めることができました。他にも、 デジタルで描いているので、 文明の利器に助けられたということもあると思います。 でも一番は、大家さんがいつも、「矢部さんはいいわね、
まだまだお若くて何でもできて。これからが楽しみですね」 と言って下さっていたのですね。ご飯を食べていても、 散歩をしていても、ずっといつも言って下さるので、 本当に若いような気がしてきて、 本当に何でもできるような気がしてきて……。 これはあまり人には言っていないのですが、僕の中では、38歳だ けど18歳だと思うようにしていました。だからいま、20歳( ハタチ)なんです。 何を開き直っているんだと思われるかもしれませんが、 これは本当に効果があって、10代だと思ったら大概の失敗は許せ ました。
引用:口下手なカラテカ・矢部太郎の言葉に会場中が号泣! 手塚治虫賞贈呈式の受賞スピーチ全文 | イベントレポート | Book Bang -ブックバン-
38歳で漫画を描き始めた矢部さん。20歳若返って18歳だと思うようにしていたら、大概の失敗は許せたというその言葉は、「27歳だから。もう学生じゃないんだから。みんなまじめに働いて、結婚したり子供を産んだりしてまっとうに生きてるんだから」と自分で自分を縛っていたことに気づかせてくれた。
自分で自分の死に方は選べない。もしかしたら、それが明日になるかもしれない。そんなときに少しでも後悔しないような生き方をしたい。