あの日電車に飛び込んだのは私だったと思う(前)
新入社員が自殺したニュースや、電車が人身事故で止まるアナウンスを耳にするたび、「ああこれは私だったのかもしれない」と考える。
私も入社1年目、地獄を見た。人間ではなかった時期がある。
人に言わせれば「大げさ」で「弱い人間」なのかもしれない。それでも苦しくて、追い詰められ、自分で追い込んでもいた。
新卒で入社した会社では、最初営業に配属された。4月いっぱいを座学の講習で過ごし、5月、ゴールデンウィークが始まるころには、「研修生」という身分だったが、一人で自分の担当地区を回りはじめた。もともとそんなに社交的な人間ではないので、少し緊張はしたものの、いわゆる「飛び込み営業」とは違って、相手先も私が来るのをわかっている。数回訪れもすれば「〇〇社の〇〇です」と名乗らなくても、挨拶をしてもらえるようになった。
7月、研修生ではなく正式に営業部に配属が決まった。それまで一緒に営業で研修をしていた同期も、それぞれの配属先へと散ってゆく。私はその部署で唯一の新人になった。新人が入るのは3、4年ぶりのことだった。
営業という職種には、ノルマ、数字の負荷はつきものだ。これはもうしょうがない。
当然研修中も毎月の目標があったが、あくまで「研修生」という仮の身分なので、達成できなくてもそれで上司に詰められることはなかった。ところが、本配属になれば、そういうわけにはいかない。
正式に配属になって1ヵ月、8月のお盆を過ぎたあたりだろうか。私の進捗が芳しくないのを見た上司に「君は担当地区の巡回だけしかやってないのだから、これくらい(私のノルマ)はやってくれるかなあ?」と強い口調で言われる。
当然である。やるべきことができていないのだから。
のどの奥がカッと熱くなって、グッと何かがこみ上げる。上司の机の前で、「はい」と答え、自席に戻る。そのやりとりを聞いていた、指導員の先輩に「今けっこうキッツいこと言われてたね、大丈夫?」と声をかけられる。すると涙があふれてきて止まらなくなる。当たり前のことを言われただけなのに、どうして涙が止まらないんだろう。
でも、泣いても私のノルマが減るわけでも、受注が増えるわけでもない。泣いて時間が消費されてしまうほうがもったいない。早く会社を出て回らなければ。また進捗が遅れてしまう。
泣きながら会社を出て、泣きながら電車に乗り、自分の担当地域へと向かう。その日、ちゃんと受注ができたのかは覚えていない。ただ、不自然に赤い目でやってきた営業担当に、商品説明を受けた相手先の人はどんな気持ちだったろう。ふつうに困るよな、と思うと申し訳ない気持ちしか出てこない。
その8月を境に、どんどん私は閉じていく。
→(中)に続きます。