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自分が嫌いでなぜ悪い

26歳会社員 いまだに「意味」とか考えちゃう

あの日電車に飛び込んだのは私だったと思う(中)

朝起きた瞬間から、疲れていた。体が重くて、起きるのもしんどい。

 

それでも20分で身なりを整え、会社に向かう。始業の3分前の出社になることもしばしばあった。

 

休む、という選択は不思議と浮かばなかった。休んでも私のノルマが減るわけではないので、残りの日数で受注をとってこなければならない。

 

朝、朝会の前には社歌をフロア全員で歌うが、その音楽が流れ出しただすと、ツーっと涙が出てくるようになった。何も悲しくないのに。あまりにも突然なので、びっくりしてしゃがんでカバンからハンカチを出して涙を拭く。

 

外回りに出かける前に、メールを処理する。感情を伴わない作業なのに、また涙が出てくる。トイレに立って、泣いてもいいが、泣いてもノルマが減るわけではないし、むしろ外回りの時間が減るだけだ。涙が出るときは鼻水も出るから、グジュグジュいいながらパソコンに向かう。朝からそんな感じなので、周りの先輩も迷惑だったろうと思うと申し訳ない。そんな先輩たちもけっこうな数字を課されてパンパンなので、「大丈夫?」などと言える状況でもない。

 

毎月の数字は相変わらず達成できなくて、月末が近づいてくると、上司につめられる。できていないから当たり前だ。

 

行き帰りの電車の中では、転職サイトを眺めるようになる。本当に活動をするためではなく、眺めていると「ああ、世の中にはこんなにたくさんの仕事がある。私は今の会社でダメになってもいいんだ」と思って楽になるからだ。精神安定的役割だった。

 

新人なのに、笑わないし喋らないし脈略なくタラタラと泣いてばかりいる。数年ぶりに入った新人がそんな状態で、先輩たちも鬱陶しかったのではないだろうか。

 

自分が売らなければいけない商品に対しては、なんの愛着も熱意もなく、「受注がもらえればなんでもいい。人気商品でも廃盤寸前のものでもどっちでもいい」と本気で思っていた。

 

「明日行ったら辞めよう、明日行ったら辞めよう」。そう思って毎日暮らしていた。

 

どうしてこんなにしんどくなってしまったのかが分からないから、どうすればまた以前のような状態に戻れるのかもわからない。辛いのは私だけじゃないのに、こんなことで大丈夫?私。

 

12月になったある日、担当の地域を一通り回り終えて、夕方になった頃だった。その頃にはもうなかなかの無感情状態で、死にたい、楽になりたいとばかり思っていた。会社辞めたい、というよりも死んでしまいたい、のほうが優っていたと思う。

ただ、実際に行動を起こそうと思ったことはなかった。なのに。

 

 

(中)に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日電車に飛び込んだのは私だったと思う(前)

 

 

新入社員が自殺したニュースや、電車が人身事故で止まるアナウンスを耳にするたび、「ああこれは私だったのかもしれない」と考える。

 

 

私も入社1年目、地獄を見た。人間ではなかった時期がある。

人に言わせれば「大げさ」で「弱い人間」なのかもしれない。それでも苦しくて、追い詰められ、自分で追い込んでもいた。

 

 

新卒で入社した会社では、最初営業に配属された。4月いっぱいを座学の講習で過ごし、5月、ゴールデンウィークが始まるころには、「研修生」という身分だったが、一人で自分の担当地区を回りはじめた。もともとそんなに社交的な人間ではないので、少し緊張はしたものの、いわゆる「飛び込み営業」とは違って、相手先も私が来るのをわかっている。数回訪れもすれば「〇〇社の〇〇です」と名乗らなくても、挨拶をしてもらえるようになった。

 

7月、研修生ではなく正式に営業部に配属が決まった。それまで一緒に営業で研修をしていた同期も、それぞれの配属先へと散ってゆく。私はその部署で唯一の新人になった。新人が入るのは3、4年ぶりのことだった。

 

営業という職種には、ノルマ、数字の負荷はつきものだ。これはもうしょうがない。

 

当然研修中も毎月の目標があったが、あくまで「研修生」という仮の身分なので、達成できなくてもそれで上司に詰められることはなかった。ところが、本配属になれば、そういうわけにはいかない。

 

正式に配属になって1ヵ月、8月のお盆を過ぎたあたりだろうか。私の進捗が芳しくないのを見た上司に「君は担当地区の巡回だけしかやってないのだから、これくらい(私のノルマ)はやってくれるかなあ?」と強い口調で言われる。

 

当然である。やるべきことができていないのだから。

 

のどの奥がカッと熱くなって、グッと何かがこみ上げる。上司の机の前で、「はい」と答え、自席に戻る。そのやりとりを聞いていた、指導員の先輩に「今けっこうキッツいこと言われてたね、大丈夫?」と声をかけられる。すると涙があふれてきて止まらなくなる。当たり前のことを言われただけなのに、どうして涙が止まらないんだろう。

 

でも、泣いても私のノルマが減るわけでも、受注が増えるわけでもない。泣いて時間が消費されてしまうほうがもったいない。早く会社を出て回らなければ。また進捗が遅れてしまう。

 

泣きながら会社を出て、泣きながら電車に乗り、自分の担当地域へと向かう。その日、ちゃんと受注ができたのかは覚えていない。ただ、不自然に赤い目でやってきた営業担当に、商品説明を受けた相手先の人はどんな気持ちだったろう。ふつうに困るよな、と思うと申し訳ない気持ちしか出てこない。

 

その8月を境に、どんどん私は閉じていく。

 

 

 

 

→(中)に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ものを少なくしたい&一人暮らしにおすすめのキッチン用品

お題その2「今年、買ってよかった物」

 

年の瀬せまる今日この頃、私も今年買ってよかった物をあげたいと思います。

こちらです。

 

fanマルチロースター

ユニフレーム(UNIFLAME) fanマルチロースター 660072

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出典:

fanマルチロースター | ユニフレーム アウトドア用品総合メーカー

 

ユニフレームという国産のアウトドアメーカーの、ロースターです。

パンでもお餅でも、野菜でも、網に乗るものならなんでも焼けちゃう便利な道具。私は主にパンを焼くために使用しています。

 

私の家にはトースターがなく、パンを焼きたいな〜というときは、フライパンで焼くか、電子レンジのトースト機能を使うかしかありませんでした。

トーストは安いので、すぐにでも買えてしまう品物ですが、一人暮らしの私にとって、使う用途はパンを焼くくらい。

なのにキッチンでは一丁前に場所をとり、試行錯誤を重ねた結果、冷蔵庫の上に電子レンジ、その上にトースターというなんとも危険な配置をしていました。

 

ところが。

東日本大震災が起こった当時、東京在住で、たまたま外出先にいた私がマンションに帰ると、床には落下して変形してしまったトースターの姿が。

しっかり扉が閉まらなくなったトースターは、加熱しても熱が外に逃げてもう使い物にならず、処分することに。それ以降5年ほど、なんとなく新しいものを買わずに今に至るのでした。

 

そんななか、現在京都に暮らす私が、ふらっと立ち寄った暮らしまわりの用具を揃えたお店で買い求めたのがこの商品です。

購入してから2ヶ月ほど経ちますが、使ってみて良い点をあげていきます。

 

 

良いところ①

折りたためてコンパクトに。場所をとらない

 

キャンプ用品の素敵なところは、持ち運びに便利なように、なんでもコンパクトになる点ではないでしょうか。テントやテーブル、イスしかり。

このマルチロースターももちろん、コンパクトに折りたためて、かさばりません。箱に入れてシンクの下の収納にいれて置けば、外に出しておく必要もなくて見た目にもスッキリ。

 

 

良いところ②

ガスコンロであっという間に焼けて、しかもおいしい

 

直火で焼いたトーストはやっぱり美味しいです。電子レンジでやると、ゴムみたいな食感だし、お皿も熱くなりすぎる。フライパンだと、美味しいのだけれど焦げ目が均等につかず、耳から真っ黒に。

火加減を間違えなければ、こんがりいい焼き目で、中はふわっとしたトーストがすぐに食べられるのはやっぱり嬉しいです。

 

 

良いところ③

2枚焼きもできる

 

なんか今日は2枚食べたい気分だわ〜、もしくは(まだ見ぬ)恋人の分も焼いちゃおう〜というとき。網の置き方を変えれば、下の画像のように2枚焼きも可能なのです。これもとっても便利。

 

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出典:

fanマルチロースター | ユニフレーム アウトドア用品総合メーカー

 

 

良いところ③

値段がお手頃

 

最近はおしゃれな人たちの間で京金網の焼き網が大人気だそう。インスタグラムでもよく見かけます。その見た目の美しさに、私も欲しいな〜と思っていたのですが、お値段もやっぱり相応の価格……。でもこちらのマルチロースターは2000円程度と、お手頃です。国産メーカーの製品なので作りもしっかりしていますし、ちゃっちい感じも無いと思います。

 

場所をとらずに、美味しいトーストを楽しみたいと思っている方にはぜひおすすめです。直火で焼いたトーストの味を、ぜひ堪能してみてほしいです。

 

ユニフレーム(UNIFLAME) fanマルチロースター 660072

ユニフレーム(UNIFLAME) fanマルチロースター 660072

 

 

 

 

 

「この世界の片隅に」は今年No.1かもしれない

 

観た人みんな「よかった」「よかった」と口を揃える映画、

この世界の片隅に」を観てきました。

 

はい、よかったです。号泣というよりは、心の底からじんわりとこみ上がる深い感動でした。戦時中の昭和19年、18歳で広島から呉にお嫁にやってきたすずさん。モノは無いし、空襲はどんどん来るけれど、当時の人々の日常を淡々と綴りながらストーリーは進んでいきます。

 

よかったところ

 

①音楽がいい 

君の名は。」もそうだったのですが、グッとくる場面で流れる音楽に心を打たれました。序盤、タイトルが流れる場面で流れてくるのはコトリンゴさんの「悲しくてやりきれない」。ゆったりとした曲調に、のんびりした気持ちになりますが、歌詞は切ない。ああ、この当時は文字通り、泣いても嘆いてもどうにもならない、誰のせいにもできなくて、やりきれないことがたくさんあったのだろうなと思いを馳せます。

 

②すずさんがかわいい

主人公のすずさんがもう可愛すぎる。ぼけっとしているけれど、穏やかで、みんなに大切にされているから、擦れてない。失敗しても、「ありゃ〜」って顔をしてのほほんとしているのもいい。すずさんの声を演じたのは、能年玲奈あらため「のん」さん。彼女の声がすずさんと一体化していて、素人っぽさもまたよいのです。

そしてすずさんの特技は絵を描くこと。彼女が描いた絵がそのまま動き出したりして、ちょっとファンタジーっぽい演出も素敵でした。彼女が絵を描き続けることも、この話の重要ポイントなんですよね。

 

③生活の描写がいい

戦況が悪くなるにつれて、食べ物の配給が少なくなったり、着るものにも困るようになっていきますが、すずさんたち家族に悲壮感はありません。摘んできた雑草をいろんな料理に入れてアレンジしたり、着物を裁断して上着とモンペに作り替えたり。しんどいことに目を向けて、下を向いていても状況は変わらない。どうせなら楽しく過ごすほうがよっぽどいい。すずさんがドジを踏むシーンでは会場から笑い声が。かつての戦争映画で笑い声が起きたことはあっただろうか。

 

④すずさんの夫・周作

この夫……もう出来すぎる……。周作の希望で、広島から離れた呉へと嫁入りすることになったすずさん。彼がたった一人嫁いできてくれたすずさんのことをどれだけ大切にしているか。それがもう伝わりすぎてつらい。後半、すずさんものほほんとしていられない出来事が続いて、とうとう「広島に帰る!」といっても、彼は彼女を責めない。

あとは随所随所に出てくる夫婦のシーン。直接的な描写は無いけれど、なんというか妙に感じるなまめかしさも、リアルです。

 

戦争映画というと、重々しくて重厚で、観終わった後はズーンと落ちて、しばらくどんよりしてしまうことが多かったです。けれど「この世界の片隅に」はその「ズーン」とはまた違った感情で、しばらくぼーっとしてしまいました。

戦争はこんなに悪いことなんだ、ということを伝えたかったのもあると思う。けれどそれは後からついてくるもので。あの当時を生きていた人たちは、戦争がよいとか悪いとかそんなことを考えるよりも、とにかく生きることに精一杯だったのだろうと、これが本来の姿だったのだろうと思うのです。

 

この世界の片隅に」で頭がいっぱいになった私は、映画を観た翌日に、原作の漫画も上中下巻読破しました。省かれている描写は少々あるけれど、かなり原作に近いように思いました。映画は映画で素晴らしいし、漫画もまた素晴らしい。監督に「なんとしても映画にしたい」と思わせるほどの力が原作にあったのですね。

 

よい作品をみると、あたたかいものを食べたときのように、芯からぽかぽかしたよい気分になりますね。

この世界の片隅に」は細かいポイントがいくつも散りばめられているうえに展開も早いので、できればもう一度見に行きたいです。

 

 

 

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

 

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

 

 

 

 

 

子宮がん検診を終えたら、何かを捧げた気分になっている

 

先日、子宮がん検診を受けました。

私の住む市では特定の年齢になると無料のクーポンが送られてくるので、「無料ならば」ということで行ってみました。

 

この検診を受けるのは2回目なので、もうどんな感じのものかは頭で理解しているのだが、やっぱり何だろう、消耗する検査ですよね。

 

「はい、この棒でこうやってこうやってちょいちょいってやってきますからね〜〜」って、もう淡々と進んでいきます。(当たり前なんですけどね。産婦人科医にとってはもう女の人のアソコと向き合うなんて、私が毎日パソコンに向かうのと同じようなもので。逆に仰々しく「今から、この、棒を使って、なんと…」って重厚にいわれてもアレだし)

 

産婦人科特有の、あのイス。ウィーンっていいながら上昇して、背もたれが後ろに倒れていき、お尻を支えている部分が、左右に開いてくという。もうどうしようもないのだけど、どうしようもないのだけど。

 

もうほんとに滞在時間30分ほどで、あっという間に病院を出たけれど、

駅まで歩きながらぼーーーっ。

 

空が青いなあ……。

 

なんだろうこの気分。どこか感じる空虚感。

検診だから仕方ないのだけれど、人に恥部をさらすというのは予想以上に消耗するらしい。

 

ここはどこ。私は今まで幻を見ていたのかしら。今あの病院の前まで戻ったら、もう跡形も無く更地になっているかもしれない。狐につままれたような気分。

何かを捧げたような謎の気分で、気だるく会社へと向かうのでした。

 

 

 

「逃げ恥」のみくりさんの家事代行のお給料から考える

 

今放送中のドラマ「逃げるが恥だが役に立つ」が周囲でも人気です。

学生時代に戻ったかのごとく、放送後は「昨日観た?観た!?」といろんな人と言い合っています。原作の漫画からのファンである私は、毎回一人で声を発しながらホクホクして観ています。実写が原作より人気が出るのはなかなかないことですよね。

みくりさんと主人公の平匡(ひらまさ)さんが、キスをしたときにはもう、この感動を誰かに伝えたくて、マンションのお隣の住人さんのドアをたたこうかという勢いでした。

 

そんなドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」では、IT系の会社員である主人公・平匡さんが、家事代行を雇うことから物語が展開していきます。

休日にたまった家事をこなすことに時間を消化してしまうのが嫌で、その時間をお金で買っているという。みくりさんに支払うお給料は20万弱……。

 

高い。

 

もちろんドラマなのでそこを否定するつもりはありません。

 

ただ、もし自分だったら家事にお金を払うくらいなら、土日で時間を喰われたとしても、やっぱり自分でなんとかするような気がします。

それは私が「主婦」という肩書きになったことがないからかもしれないし、女だからそう思うのかもしれない。実際に昔は、男は外でお金を稼いできて、女は家庭を守るのが役目と言われてきていたわけだから、家事というのは会社員の月給くらいの価値があるのかもしれないですね。

 

香港では、両親共働きが普通なので、家事はすべてお手伝いさんがやると、香港出身の友人が言っていました。その友人の家は住み込みで一緒に暮らしていたそうです。もしかしたら「主婦」という肩書きは香港にはないのかも。

 

日本でも夫婦共働きが当たり前になってきているようですが、家事を負担するのはまだまだ女性が圧倒的に多い。「なんで私ばっかり」と奥さんが不満を募らせて、夫婦仲が険悪になるより、その手間を外注したほうがよっぽどうまくいくかもしれません。

日本政府が掲げる「一億総活躍社会」とかいう計画も、男女の家事負担を均等にするのではなくて、全部外注にしたほうがうまくいきそうですけどね。

 

外注外注言いましたけれど、私にとっては家事は息抜きでもあるので、仕事と家事はなんというかセットになっています。毎日パソコンに向かっているからこそ、野菜をみじん切りにする作業が新鮮だし、掃除機をかけてホコリを吸い取ったり、布団のシーツを洗って、ピシッと干したりするのは、結果が肌で感じられて嬉しいものです。仕事ではそうはいかないですから。

やりたい人がやりたいようにやればいいと思うのですが、それは一人暮らしの人間の傲慢でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ「出世したくない=仕事に意欲がない」と捉えられるの?

 

大小多少の違いはあれども、会社で働いている人間なら、遅かれ早かれ昇級や昇進の機会はめぐってくるのではないだろうか。

私も先日、昇級(上がっても平社員なのですが)の可否を審査する、役員との面談があった。

 

 

結果からいうと不合格。来年も今の位置づけのまま過ごすこととなった。

 

 

私自身は会社での昇進や、課長や部長と呼ばれるような管理職を目指して働いているわけではなく、今の会社以外でも働けるような「仕事ができる人」になりたいと思って働いているので、落ちてもとくに支障はない。

受かれば毎月のお給料が数千円増えるので、その点では残念だ。

また、この試験に落ちたからといって、ふだんの業務で損をするようなこともなく、ただ本人の会社でのキャリアアップのために行うものだ。だから、落ちても私が損をすることは本当にない。

 

なのに、落ちたことに無性に腹が立つ。もう2週間ほど前のことなのに。

 

会社での昇級・昇進には本当に全く興味が無いのに、なぜこれほど腹が立っているんだろう。

たぶん、判定結果の紙に書かれていたコメントのせいではないかと思う。

 

 

 

 

「仕事にたいして受け身で、積極性や熱意が感じられない」(たしかこんな内容)

 

 

 

 

なぜそういうコメントが出てくるんだろう。

面接なのだから当たり前だが、私は、たとえば仕事の不満や会社への不満(こちらはたくさんあるが)などマイナスなことは一言も言っていない。それに、新人時代をのぞけば、「受け身」で仕事をしたりしたこともない。上司や先輩の指示がなければ仕事ができないわけでもない。自分の意見は言うし(とがった発言ではなく、あくまで自分はどう考えるかです)、効率化できそうなことや、こうしたほうが部署内の人たちみんなにとっていいのではと思ったことは、上司や先輩に許可をとって改善してきた。

 

自己評価が低くても、私は「自分なんてこんなもんだから、受け身で仕事をして、それなりにお給料もらえればいいや〜、私生活が充実していればいいや〜」という人間ではない。これはこういうスタンスの人を否定しているわけではない。仕事は仕事と割り切って、私生活に全力を注ぐのもアリだと思う。

ただただ「仕事ができるようになりたい、だれか人の役に立ちたい」という思いで、仕事をしてきた。むしろ仕事で自信をつけたくて、先輩の仕事も手伝わせてもらったし、とにかく数をこなさねばと躍起になっていたくらいだ。

じゃあなぜ「受け身で積極性なし」という評価がついたのか。

 

なんとなく予想はつく。

判定結果の紙には、講評が箇条書きで書いてあって、

「このコメントはおそらく私のあの発言を受けてだな」というのがなんとなく推測できるから。

 

たぶん、役員からの「将来部長(または管理職)になりたいと思う?」という質問に「いいえ」と答えたからだろう。

わかっている、この質問に対する正答は「はい」しかないのだ。

でも、心からそう思っていないのに、どうしても「はい」ということができなかった。

 

なぜ、管理職になりたくない=受け身的で熱意がない、ということになるんだろう。

 

赤字の続いている部署ならまだしも、私の部署は、赤字続きで崖っぷちの弊社のなかで数少ない、黒字経営&利益を出しているところだ。もちろん私だけの成果ではないが、本当に数人の部署なので、全員がそれぞれの仕事を完遂しなければ、利益なんて出ないだろう。

その一方で、ずっと机にいるけどこの人いったい何をして一日過ごしているんだろうか、と不思議に思うような人(特に、部長など管理職になれなかったおじさん達)だってたくさんいる。おじさんたちは社歴が長く、うちの会社は長くいる人が優遇されるような仕組みになっているので、管理職じゃなくても相当なお給料をもらっていることになる。

 

だから余計に腹が立つ。

 

管理職になりたくない=仕事に熱意の無い人、と捉えられたこと。

仕事量が少なく結果も出していないのに、上司へのアピールや面接での自分を魅せる演技・言葉によって昇級を続けてきて、たくさんお給料をもらっている人がいること。

 

もっと器用に、役員受けする正答を、自分の本心かのごとく並べられる人間になれればいいのだろうか。それが社歴を積むということなの?

 

そんなことなら本当にばかばかしい。だから赤字続きなんだよ。

 

そもそも、赤字が続いてしまうような経営体制を作ったのは役員たちではないか。数年前に入社した若手社員のせいですか?

選択が迫られる場面で、いつも判断を間違え続けてきた結果、こうなっているのに、なぜ偉そうにしているの?できてない人に、できてないと言われることに腹が立つ。

上司には「面接はにこにこして、明るく受け答えを」と言われたけれど、なぜ今の状況を作った役員の前でにこにこしなければいけないの?

 

会社員なのに、いまだにそうやっていろんなことの「意味」を問い続けて、器用に立ち回れない自分に腹が立つ。

こんなに文句があるなら、会社を辞めればいいのに、辞めずに働き続けている自分に腹が立つ。

 

私は今の自分の仕事が好きだ。

困っている人を助けたい、という思いを、自分の企画で実現していける仕事だ。

 

 

仕事ができる人間になりたい。誰にも異論を挟ませないくらい。

よくない感情にいつまでも心を奪われていないで、正しく成長したい。

だからこのブログに吐き出して、これでさようなら。

来年もまた昇級面談の季節が巡ってくるだろう。これからまた1年、納得のいくまで仕事と向き合って、どうどうとしていられる自分でありたい。